この記事の要点・目次
  • 量産の包丁は、鋼板を抜いて焼き入れ・焼き戻しし、研削してから柄を付け、最後に刃を付けて仕上げます。
  • 関市はこの工程を会社ごとに分ける分業で成り立ってきましたが、内製化が進み、残る工程加工は研磨と刃付けが中心です。
  • 「関の刃物」の地域団体商標は、主要な生産工程が関市周辺で行われたことを条件にしています。

包丁1本を仕上げるのに、いくつの会社が関わるのか。岐阜県関市では長いあいだ、1社ですべてを作るのが当たり前ではありませんでした。

プレスで形を抜く、熱を加えて硬くする、削って薄くする、刃を付ける。工程ごとに別の事業所が引き受ける仕組みが、産地を支えてきました。関市はこれを「社会的分業体制」と呼んでいます。

ただし関市自身が、その構造は崩れてきていると書いています。関市の工業統計資料、特許庁の商標情報、産地メーカーの公開工程をもとに、包丁ができる順番と、それを担う会社の並びを見ていきます。本誌による現地取材ではなく、2026年10月に確認した公開資料から整理した記事です。

包丁は、抜いて、焼いて、研いで、組む

量産される包丁の工程は、形を作る前半と、刃物にする後半に分かれます。関市のメーカーであるサンクラフトが公開している説明では、出発点はプレスです。鋼板を金型で包丁の形に抜き、次に熱処理へ進みます。

熱処理は2段階あります。約1,000度に加熱してから急激に冷やす焼き入れで鋼を硬くし、続く焼き戻しで低い温度に再加熱します。硬いだけの鋼は欠けやすいため、粘りを戻す工程が必要になるのです。

硬さが決まった後が研削です。同社の説明では、背を削る背研ぎ、片面研削、水をかけながら削る水砥、傷を消す目通し研磨と、削る作業が何段階も続きます。ここで包丁は薄い板になります。

プレスから焼き入れ、研削、刃付け、検品まで9段階に分けた包丁の製造工程図
関市のメーカー1社が公開する量産工程を編集部で整理。鍛造でつくる打刃物や他社の製品では、順序も道具も変わります。写真・画像:ものづくりジャーナル編集部 / 編集部制作図版

その後、材質や製造国のマークを入れ、柄を鋲(びょう)でカシメて固定する「仕組み」、柄の形を整えて艶を出す「柄羽布」へ進みます。刃を付けるのは最後です。砥石に12〜15度の角度で当てて刃先を立て、洗浄し、同社は全品の切れ味を手で確かめると説明しています。

注意したいのは、これが量産品を作る1社の工程だという点です。鋼をたたいて形にする鍛造の打刃物では、順序も使う道具も変わります。

工程ごとに会社が違う。関の「社会的分業」

ここで並べた工程を、関市では1社が通しで担ってきたわけではありません。関市の資料は、産地が「多くの部品製造業者、工程加工業者による社会的分業体制」で成り立ってきたと説明しています。

同資料はこの形を、日本刀づくりの分業に重ねています。刀身を鍛える刀匠のほかに、研師(とぎし)、鞘師(さやし)、白銀師(しろがねし)、柄巻師(つかまきし)、塗師(ぬし)がいて、それぞれが別の工程を担う。その構造が刃物産地にも受け継がれた、という整理です。

工程加工業者として挙がっているのは、プレス業、熱処理業、研削業、研磨業、仕組業、羽布業、刃付業、メッキ業、溶接業の9業種です。前の節で見た工程名とほぼ重なります。つまり工程表の各行が、そのまま別会社の社名になり得たということです。

刃物メーカーから工程加工業者と部品製造業者、産地問屋をへて国内外へつながる関市の分業の図
関市の資料にある産地構造を編集部で整理。箱の大きさは事業所の規模や取引量を表しません。すべての製品がこの経路を通るわけではありません。写真・画像:ものづくりジャーナル編集部 / 編集部制作図版

部品の側も分かれています。金型業、リベット業、木柄業、プラスチック業、紙器業。柄の材料も、刃を留める鋲も、箱までが別の事業所から届く形です。できた製品は産地問屋や商社を通じて国内外へ出ていきます。

分業は縮み、残ったのは研磨と刃付け

この分業は、現在そのままの形では残っていません。関市の資料は「メーカーの内製化が進むなどして産地構造が崩れてきている」と明記しています。

数字で見ると、刃物メーカーは約50社。これに小規模な刃物製造事業所が約40あり、製造側で約90です。一方、工程加工を専門に担う事業所は約20で、しかも中心は研磨業と刃付業に寄っています。9業種が並んでいた分業は、削る工程と刃を立てる工程に絞られてきました。

研磨機に包丁を当てて作業する職人の手元と、火花が出ている刃先
包丁の刃先を機械で研ぐ作業の例(2005年11月、京都市の刃物店で撮影)。関市の事業所ではなく、本文の工程加工業者を示す写真ではありません。写真・画像:EverJean / Wikimedia Commons / CC BY 2.0

刃物関連を合わせると約110事業所で、関市内の製造業事業所の約19%にあたります。市内の製造業の5事業所に1つが刃物に関わる計算です。産地としての密度は保たれていますが、その内側で工程の持ち方が変わってきている、と読むのが正確でしょう。

工程が社外にあるか社内にあるかは、買う側からは見えにくい部分です。それでも、産地の構造が変われば、どこで誰が研いだのかという情報の追い方も変わります。

包丁の全国シェア44%、それでも市の出荷額の1割

関市と包丁の結びつきは、統計にも表れています。2022年の経済構造実態調査によると、包丁製造の出荷額は全国で245億3,500万円。このうち岐阜県が137億5,700万円で56.1%、関市だけで108億4,900万円を占め、全国の44.2%にあたります。

2番目は新潟県の73億8,000万円で30.1%です。岐阜と新潟で8割を超え、残りを大阪府、高知県などが分けています。ナイフ類とハサミでも、関市はそれぞれ28.6%のシェアを持っています。

包丁の出荷額の都道府県別シェアを示す棒グラフ。岐阜が56.1%、新潟が30.1%
2022年経済構造実態調査の包丁製造の出荷額を編集部で整理。「その他」は全国計から上位4県を差し引いた値です。事業所の集計範囲が従来の工業統計調査と異なります。写真・画像:ものづくりジャーナル編集部 / 編集部制作図版

ただし、産地の内側から見ると比率は逆転します。2022年の関市の製造品出荷額等は約3,871億円で、そのうち刃物製品は約378億円。全体の約1割です。刃物以外の金属製品が約2,010億円あり、市の製造業の主役は刃物ではありません。

輸出は約106億円で、刃物出荷額の約3割にあたります。向け先は北米が42.1%、アジアが25.4%、ヨーロッパが21.7%です。

なお、この統計は過去との単純比較ができません。工業統計調査が2020年分で廃止され、経済構造実態調査に引き継がれたためで、集計の範囲が異なります。関市の資料も、市独自の製品区分で集計しており経済産業省の公表値と相違する場合があると注記しています。

「関の刃物」を名乗れる条件は、工程がどこにあるか

分業が縮んだ産地で、「関の刃物」という表示は何を保証するのでしょうか。手がかりは地域団体商標にあります。

「関の刃物」は登録第5150803号として商標登録されています。権利者は協同組合岐阜県刃物会館で、指定商品は「岐阜県関市及びその周辺地域において主要な生産工程が行われたピンセット・はさみ類・ほうちょう類・かみそり・刀剣・缶切」です。

岐阜県刃物会館の建物外観と、前に広がる駐車場
岐阜県刃物会館(岐阜県関市、2007年11月撮影)。「関の刃物」の地域団体商標を持つ協同組合岐阜県刃物会館の所在地です。写真・画像:Hide-sp / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

ここで条件になっているのは、会社の所在地ではなく「主要な生産工程」が行われた場所です。材料の産地でも、最終検品の場所でもありません。分業が前提の産地だからこそ、工程の所在を基準に置いた表示だと読めます。

逆にいえば、この商標から読み取れないこともあります。鍛造か量産プレスか、鋼かステンレスか、刃付けが手作業か機械かは、商標の指定商品からはわかりません。産地名は工程の場所を示す情報で、作り方や材質の説明ではないのです。

包丁を選ぶときは、産地名のほかに、刃の材質、鍛造か板からの加工か、研ぎ直しに対応するかといった点を商品説明で確かめると、手元の1本がどの工程を通ってきたのかが見えやすくなります。

金属

出典・参考資料

  1. 関市『令和6年度 関市の工業』(PDF、令和7年3月発行) ↗(新しいタブで開く)確認日:2026.10.09
  2. 特許庁 地域団体商標「関の刃物」(登録第5150803号) ↗(新しいタブで開く)確認日:2026.10.09
  3. 岐阜県関刃物産業連合会「関の刃物について」 ↗(新しいタブで開く)確認日:2026.10.09
  4. 岐阜県関刃物産業連合会「関の伝統」 ↗(新しいタブで開く)確認日:2026.10.09
  5. サンクラフト「包丁が出来るまで」 ↗(新しいタブで開く)確認日:2026.10.09
  6. カバー写真の原典:Benlisquare / Wikimedia Commons ↗(新しいタブで開く)確認日:2026.10.09
  7. カバー写真の利用条件:CC BY-SA 4.0 ↗(新しいタブで開く)確認日:2026.10.09

画像の出典・利用条件

以下は元画像の説明と利用条件です。配信用に縮小・形式変換を行い、一覧では表示枠に合わせて一部を切り取って表示しています。

カバー画像

牛刀・柳刃・三徳・菜切の4本(2024年9月撮影)。東京・かっぱ橋道具街で購入した包丁として説明されており、製造地は原典に記載がありません。写真:Benlisquare/Wikimedia Commons、CC BY-SA 4.0(掲載画像にも適用)。縮小とJPEG変換のみ。

トップ・一覧・関連記事・特集のカバーにも、ここに記載した説明・利用条件が適用されます。

  1. ものづくりジャーナル編集部:プレスから焼き入れ、研削、刃付け、検品まで9段階に分けた包丁の製造工程図 ↗(新しいタブで開く)

    編集部制作図版。公開資料の事実関係から独自に作図。原図の転載・トレースなし。確認日:2026.10.09

  2. ものづくりジャーナル編集部:刃物メーカーから工程加工業者と部品製造業者、産地問屋をへて国内外へつながる関市の分業の図 ↗(新しいタブで開く)

    編集部制作図版。公開資料の事実関係から独自に作図。原図の転載・トレースなし。確認日:2026.10.09

  3. EverJean / Wikimedia Commons:研磨機に包丁を当てて作業する職人の手元と、火花が出ている刃先 ↗(新しいタブで開く)

    CC BY 2.0(ライセンス(新しいタブで開く))。原寸のままJPEG再圧縮。トリミング・色補正なし。確認日:2026.10.09

  4. ものづくりジャーナル編集部:包丁の出荷額の都道府県別シェアを示す棒グラフ。岐阜が56.1%、新潟が30.1% ↗(新しいタブで開く)

    編集部制作図版。公開資料の事実関係から独自に作図。原図の転載・トレースなし。確認日:2026.10.09

  5. Hide-sp / Wikimedia Commons:岐阜県刃物会館の建物外観と、前に広がる駐車場 ↗(新しいタブで開く)

    CC BY-SA 3.0(ライセンス(新しいタブで開く))。幅1200pxに縮小しJPEG変換。トリミング・色補正なし。確認日:2026.10.09

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